メイコさんと私の関係は、一言で言ってしまえば、「複雑」だった。それでいて単純明確だ。
私達のマスターである"彼"はメイコさんを好いていて、私だって彼女を好いていて、そしてメイコさんの気持ちは――不明瞭。メイコさんは私が望めば好きだ
と言ってくれるけれど、逆に、望まなければ言ってくれないし、それは"彼"にもそうかもしれない。肝心の彼女の胸中だけはいつも曖昧な霧の中。どうして、
いつもはぐらかしてしまうんですか。そう尋ねたいのに、綺麗な赤色がそれを阻む。私を見て嬉しそうに眼を細めるメイコさんに、いつだって口をつぐんでしま
う。
「ルカ?」 「……すみません。ぼーっとしてて」 視線は少し下。互いに纏っている布は少ない。メイコさんに至ってはブラジャーも外してしまって、下の僅かな布地が辛うじて彼女を隠しているだけだった。 「いや、いいんだけど。具合でも悪い? 風呂、やめとく?」 「いえ、大丈夫です」 だって、この瞬間だけは、不可侵な私達だけの時間なのだ。早くに就寝してしまうマスターはすでに自室。女同士が一緒に風呂に入るのに、理由はいくつも必要 ない。誰に咎められるでもなく、ただ蜜を享受できるひと時。たとえ熱が四十度あったとしても私は何でもない顔をしてみせるだろう。 メイコさんは髪に絡ませた指を解いて、そっか、と笑った。そして下着も全て払い、整った裸体を晒すことに躊躇することなく浴槽に突き進んでいく。きゅっと締まったくびれに見惚れていた自身に気付き、再びはっと意識を浮上させた。 「あー、もう細かいことはいいから。ほら、おいで」 シャワーの蛇口に手を伸ばした私を遮り、メイコさんが腕を掴む。いつもと違う行動にやや動揺したが、引っ張られるままに二人で浴槽に浸かった。決して広く ないそこは、女二人と言えど少しキツい。足元からゆっくりと肌に温度を馴染ませ、「熱いですね」と言いながら静かに沈んでいった。メイコさんは浴槽の淵に 背を向ける形で――私はそのメイコさんに跨る形で。 「これ、その……」 「まだ言う。慣れなさい」 私の言葉を最後まで聞いてもくれず、メイコさんはきっぱりと言い切る。もう幾度も繰り返された会話だ。何度も、何度も、私達は同じやり取りを繰り返して、飽きずに顔を見合わせては笑っている。 「ルカ」 する、と海の中を漂う魚のような優雅さで、メイコさんの手が私の背中に回った。背骨を撫でられただけなのに、私の中心は溶けていくように痺れて、下腹部がきゅんと狭まった。――そんなこと、メイコさんに知られてないといいんだけど。 「ルカ……」 甘ったるい、媚びるような声音。それは始まりの合図。メイコさんのその声を聴くのが大好きだった。メロディが体に滑り込んで私と混ざり合って二つになるよ うな心地よさを、メイコさんといると味わえる。彼女が私を呼ぶたび、音楽に包まれているときのような快楽が私を満たすのだ。 「あ……、めい、こ、さん……っ」 彼女の指は段々と前へ移動して、わき腹をくすぐり、膨らみの下をつつつ、となぞった。そのままゆっくりと傾斜を辿り、頂へと到達する。指先でぐり、とつままれ、口が大きく開いてしまった。 「……可愛い」 彼女の薄い唇が愉悦に曲がり、私の頬は羞恥に染まる。今更身をよじったところで狭い浴槽では無意味だし、何よりメイコさんにがっしりと掴まれて身動きも取れない。 「は……、あ、ぁ……」 メイコさんの手が乳房の形を変えるたび、視界がぼやけていく。風呂場に充満する蒸気が私の脳内にまで侵入してきて、現実との境界線まで壊しそうだ。 いや、いっそ壊してくれたらいいのにと、快楽を受け入れながら、願う。 メイコさんを慕うのが自分だけではないという事実も消して、今この瞬間だけが全ての真実であればいいのに。本当のことを言ってくれないメイコさんの気持ちが、全て私だけに向いていればいいのに。 渦巻く欲望も、メイコさんの指に掬われた涙と共に、張った湯の中に消えていく。雑念は次第に隅に追いやられ、私は弓なりに背をそらせた。 つぷ、と私を犯すメイコさんに、耐え切れなかった嬌声が響いた。 「あぁっ……! あ、やっ、あぁ、ん……」 涙は上からも下からも絶え間なく零れ落ちる。けれど、下のそれは温かい湯に流されて留まってくれないので、滑りも悪く彼女の侵入を阻害した。その痛みさえ 「メイコさんといやらしいことをしている」と証明するようで、奥から泉は溢れてしまう。それを頼りに彼女は深くまで繋がることを求め、私の昂揚は上り詰め る一方だ。 「あっ、メイコ、さん……、は、ぁ……っ」 「――ルカ」 いつもより強引に私を抱こうとする彼女の、一瞬の翳りを、見逃さなかった。ぐりぐりと内壁をこすられて思考が弾けそうになるのを必死に繋ぎとめ、メイコさんを見据える。密着した彼女の体も熱く火照り、乳房についた蕾は触れてもいないのにピンと張っていた。 私に興奮してくれているのだ、と彼女の指を更に取り込むように秘部が疼く。だけど、反比例するかの如く、メイコさんの瞳は冷えていた。 「あたし達ってさ、結局マスターがいないと何も出来ないわけじゃない」 「……え?」 「ボーカロイドなんて、マスターありきでしょう。あたし達、彼の言うことを聞かなきゃ生きている意味すら無いよね……って、思わない?」 突然提示された話題に回路がついていかず、クエスチョンマークが頭上に浮かび上がる。目を白黒させた私に構わず、彼女は少し自嘲気味に笑った。 「歌うことしか出来ないあたし達は、マスターが全て。その"彼"に逆らってまで――ルカ、アナタにこんなことをしてる」 ――今日は本当に、息を呑むことばかりだ。 哀しそうとも、悔しそうとも言える表情で、メイコさんが私を見上げている。彼女が言わんとしていることを察した私は、快楽がするすると窄んでいくのを感じた。メイコさんも手を引き抜いて、揺らぐ水面を眺めていた。 沈黙。私達はただ黙って、重い空気に押し潰されそうになっていた。そして口火を切ったのも、メイコさんだった。いつものように、赤の双眸を細めて私を見つめる彼女は、何でもないことのように明るい声で言った。 「あたし達、バレたら、どっちかはマスターに廃棄されるかもね」 「……」 「……ルカを好きになるたび、あたしは、死に近づいてる。そう思わずにいられない」 でもさ、こんなに甘い死だったら、むしろ大歓迎だよねー。そう言って、メイコさんが笑う。穏やかな、覚悟を決めた顔で、私を愛してくれる。それが彼女の答え――真実。 ぶわっと体の底から溢れた感情は、色んなものが詰まっていた。嬉しいとか、やり切れないとか……寂しいとか。 一人で思い詰めて、その結論に至るまでの間、どうして私に何も言ってくれずに、独りでいることを選んだの? メイコさんはそういう人だ。弱味を見せることを良しとせず、淡々とした風を装って、世界に立ち続ける。そんな彼女だから好きになった。だけど、そんなの、もう足りないに決まってるでしょう? 何のために私達、繋がってるの? 「……メイコさんの馬鹿。意地っ張り」 「え、それルカが言っちゃう?」 「メイコさんは私よりずっと大馬鹿で、頑固者です!」 「……そ、そう」 「……でも、そんなところも、好きです」 メイコさんの首に腕を回して、甘えるように項垂れた。メイコさんもぎゅっと抱き締めてくれて――私達、また死に近づいてる。最高ですよね、と私が小さく笑うと、メイコさんが顔を上げた。 「死ぬときは、一緒です」 それが、一人ぼっちも厭わないあなたを縛る甘い囁きだというなら、上等だ。 |