※ご注意【・ミクルカ ・ガチエロ ・ふたなり ・若干無理矢理 ・でも甘い】

素敵なお話ですが上記のキーワードが苦手な方は閲覧の際ご注意下さい。














だって、好きだから

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 兆候はあった。前の晩から少し熱っぽくて、ミクがひどく心配してくれたのをはっきりと覚えている。何かウィルスかもしれないからと、ひとまず一緒に寝るのはやめにして様子を見ることにした。続くようならマスターに報告するからと約束して。一人で眠るのは久しぶりで、広いベッドが少しだけ新鮮で、やっぱり寂しかった。
 そして、今。カーテンの隙間から光が漏れていて、朝だ、とぼんやりと思う。熱っぽさは消えていた。かわりに違和感がある。嫌な予感しかしない、その違和感は腰のあたりから来ている。下着のサイズは合っているはずなのに、どうしてか少し窮屈で。嫌な予感に限って当たるものだけれど、わたしは必死で祈った。はずれろ、はずれろ、はずれろ。祈りながら身体を起こして、ぎゅっと目を瞑って深呼吸をする。それから腹を括って違和感の正体を確かめるべく、下着ごとパジャマのズボンを下ろした。
「……ひ、」
 上がりかけた悲鳴は、喉を引き攣らせただけで消える。血の気が引くどころじゃない。衝撃と疑問と不快感が一緒くたになってせり上がって、でも喉の手前でぐるぐると渦巻いてものすごく気持ち悪い。なにこれ、なにこれなにこれなにこれありえない。とりあえず、そう、そうだ、マスターに報告しないと。それからミクには絶対見せられない、と思った。こらえきれずに零れた涙に意味はない。吐き気から来るただの生理現象だった。



 木製のドアを叩く。もしかしなくてもまだ寝ているだろうと思ったものの、こんな状態が長引くのは御免だ。巡音ルカとしての致命的な機能の欠損ではないけれど、わたし個人としては非常事態以外のなにものでもない。ものすごくまずい。
「マスター、入りますよ」
 返事がないので勝手にドアを開けてマスターの自室へ足を踏み入れる。予想通り絶賛就寝中のマスターを確認して、ドアの鍵を閉めた。誰かが入ってきたら困る。特にミク。
「うー……」
「起きてください、緊急です」
 もぞもぞと身じろいで唸るマスターの肩を揺する。きっと遅くまで曲を作っていたその人を無理矢理起こすのは心苦しいものの、仕方が無い。エマージェンシーコールである。
「う、あー、ルカ? なにー?」
 目を擦りながら返事をするマスターに少し安心した。わたしにとって、一番頼りになるのはやはりこの人だから。
「起こしてすみません。ですが、ウィルスに感染した疑いが」
「えっマジで!?」
「マジです」
 ウィルス、と言った途端に飛び起きたマスターに返事をする。
「外観は異常なし、かな。どこがおかしいの?」
 ついーっとわたしを頭のてっぺんからつま先まで眺めてマスターが言う。確かにぱっと見はどこもおかしく無いだろう。でも。
「いえ、その……ええと」
「ん?」
 言葉に詰まったわたしにマスターが首を傾げる。どう表現すればいいんだろうか。説明しようと思うと難しい。というか恥ずかしい。しにたい。
「朝起きたら、その、ついてて」
「何が?」
「ナニがです」
 自分なりのこれが限界。
「はい?」
 そして沈黙。


「あ、あー! えっうそマジで!?」
「マジです」
 数分前と酷似した会話を、完全に目が覚めたらしいマスターと交わす。何秒かしぱしぱと瞬いたマスターは、ベッドから降りる事を思い出したようだった。
「あー、おっけわかった。したらちょっと見せてもらってもいいかな。鍵――は、かかってるね」
「え」
 ちらりとドアを覗ったマスターの言葉にわたしは思わず声を漏らした。
「どのレベルのか分かってたほうが探すの楽だから。ほら照れてないで早く。医者だと思って」
「うう」
 わたしは小さく息を吐いて、それから自室でしたのと同じように下着ごとパジャマのズボンを下ろした。かあっと顔が熱くなる。恐ろしく恥ずかしい。恥ずかしいが、状況を打破してもらわねばならない。
「わー……」
 間延びした声を漏らして、マスターが足元にしゃがみ込む。しにたい。
「ちょっとごめんね」
「ひぇっ」
 不意に触れられて裏返った声が零れる。意に介した様子もなくマスターはすぐに手を離した。
「ホログラムじゃないね。感覚は?」
「あ、あります」
 どうにかそれだけ答えると、マスターはこくりと頷く。
「うん。あ、もういいよ。とりあえずベッド座ってて。スキャンしよう」
 立ち上がってつけっぱなしのパソコンに向かう後姿を眺めながら、服を直して腰掛けた。マスターが投げて寄越したスキャン用のシートを手の甲へ貼り付けて待つ。
「あった。外観と機能が付随されるだけで実害はないみたいだね」
 実害は無い、の部分にひとまず安心する。けれどそれは巡音ルカとして実害がないのであって、わたしとしてはありありだ。
「なおりますか?」
 というかなおらなかったらすごく困る。そんな事になったら多分もう歌えない。主に精神的な問題で。
「うん、修正用のパッチ上がってるね。今当てるから大丈夫」
 くるりと振り向いたマスターの言葉に心の底から安堵した。詰めていた息を吐く。
「システム的な障害や感染能力を全部外観と機能に回してるタイプだね。普通にしてればみんなは大丈夫だよ」
「よか、った……」
 言葉と一緒に涙が落ちた。そんなわたしに苦笑しつつ、マスターが頭を撫でてくれる。
「よっぽど怖かったのかな。ま、一晩くらい掛かるだろうからキャッシュの溜まりすぎで不調とかにして今日は寝てなさい。ミクには会いたくないでしょ?」
 最後の一言には少し意地悪な響きがあった。わたしは頷いてぐいぐいと涙を拭う。
「じゃ、二度寝するからどいて。それとも添い寝したい?」
「謹んでお断りさせていただきます」
 毛布へ潜り込もうとするマスターの軽口で、わたしはやっと笑う。一晩我慢すれば、大丈夫だ。そう思って鍵とドアを開ける。今日は自室で大人しくしてて、明日ミクに心配かけてごめんねって謝ろう。
「あ、ルカ!」
 なんて、考えていたのに。
「大丈夫? どっか悪かった?」
 素晴らしいタイミングでミクが翡翠の髪を揺らしてぱたぱたと駆け寄ってくる。起きたばかりなのか、パジャマのままで。心配そうな顔をした恋人の、襟から覗く首の細さと白さがやたらと目に付いて。
「っ……!」
 直視できなくて明後日を向いて足早に自室へ向かう。
「ルカ?」
 問いかける声を背中に受けながらドアを閉める。鍵も。そして息を吐く。
「ルカ? ねぇ大丈夫?」
 ドア越しにミクが言葉を重ねて、それからドアを開けようとする。がちゃりと一度音を立てて、けれど鍵がかかっている事を知ってそれきり音は立たなかった。
「ちょっと調子悪いけど、心配ないわ。うつるかもしれないから今日は寝てるから」
 わたしは小さな嘘をついて、彼女と顔を合わせないための口実を作った。そうしなければ、きっとミクはこの部屋に居座るだろうし、色々と世話を焼いてくれてしまう。そんなことされたらひとたまりも無い。
「ほんとに、大丈夫? ――あとで、またくるね」
 少ししおれた声がドアの向こうから言って、足音が遠ざかる。会いたい。会いたくない。会えない。顔を見たい。見たくない。見れない。だって。
「きもち、わるい」
 首の細さにどきりとした。肌の白さが眩しかった。それは本当だし、いつもだってそうだ。でも、いつもならこんな風にならないのに。
「やだ、やだ……なに、これ」
 呟く声が震える。嫌悪感がせり上がって涙が落ちた。足の付け根に望みもしないのに勝手に現れたそれが熱いのが分かる。嫌で嫌で仕方がない。あんな些細な事でさえわたしはミクに欲情したのかと思うと。なによりも、あんな些細なきっかけでわたしの劣情を象るそれが。ミクを汚してしまったような感覚を、わたしはベッドの中で毛布をかぶって懸命に忘れようとした。


***


 絶望的に長く感じる一日を、わたしはひたすら毛布の中で過ごした。出来るだけミクのことを考えないようにしながら。夕食の頃に、マスターが食べるなら持って来るよと声をかけてくれたけれど、こんな状況で食欲が沸くはずもなくて断った。じゃあ今のうちにシャワー浴びておいで、と気を回してくれたのはありがたかった。必然的に自分の裸体を目にして、重くなった気分を引きずってまた毛布の中へ潜る事になったけれど。枕元の時計を覗うと、二十三時を少し過ぎた頃。一晩、とマスターは言った。一晩とはどれくらいだろう。朝日が昇る頃には元に戻るだろうか。わたしはため息をついた。考えないようにしていたのに、今ドアを叩いたのはきっとミクだろうから。
「ルカ」
 ドアの向こうから呼ぶ、その声は少し棘を含んでいる。会いたくないのも顔を見たくないのもわたしの勝手な都合だし、理由を話していないのだから彼女が不機嫌になるのをとやかく言う資格などない。毛布から出て、そっとドアに手を触れる。
「心配してくれて、ありがとう」
 的外れな事を言っているのは分かってる。それでも、他に言うべき言葉が見当たらない。早く朝が来ればいい。そうしたら、昨日と同じように笑い合える。きっと。
「そんなに調子悪いの? おやすみくらい、顔見て言いたい。……だめ?」
 食い下がるミクの言葉には不安げな響きがあって、それがちくりと胸を刺す。理由があったとはいえ、朝方に逃げたのはわたしだ。諦めて鍵を開ける。薄く開けたドアの隙間から、廊下の明かりが部屋に漏れる。どうにか微笑みを作って、おやすみを言おうとした、その前にミクの華奢な指が待ち構えていたようにわたしの手首を掴む。
「ちょっ」
「つかまえた」
 薄明かりの中でミクと目が合う。空色の瞳が少し怒っていた。
「マスターはうつらないって言ってたよ。なんで嘘ついたの? 朝も避けられたし、あたしなんかした?」
 胸の奥をぎゅっと掴まれたような感覚がして背中が冷える。掴まれた手首は少し痛いくらいで、言い訳を許してくれそうにない。そのままミクが部屋に踏み込んでくる。
「何か気に触ることしたならちゃんと言って」
「や、っだ……!」
 ぐ、と身体を寄せてくる、その髪が恐ろしく甘く香る。その肌の熱が感じ取れてしまう。嫌だ、嫌だ。またああなる。また、勝手に熱を持って。
「なに、どうしたの?」
 思わず顔を背けたついでに涙も零れてしまって、それを見たミクが怪訝そうに訊く。
「やだっ、や、こないで。おねがい、さわんな、いでっ」
 涙を拭ってくれる指から逃げようともがく。恥ずかしくて気持ち悪くて申し訳なくてぼろぼろと涙が零れる。知られたくない。触らないで欲しい。近くにこないで欲しい。そばにいる、それだけでそこに熱が集まる。マスターには触られたってなんともなかったのに。嫌だ。きたない。ミクの事を、そういう目でしか見てないわけじゃ、ないのに。
「なに、ちょっと、……あれ?」
「っぁ――」
 さらに一歩ミクが踏み込んで、その拍子に足の付け根のそれがミクの腰に触れてしまう。ミクは疑問に、わたしはその痺れるような感覚に声を上げる。途方もない嫌悪感がやってきてまた涙が落ちた。
「出てって、はやく、おねがいだから」
 子供が駄々を捏ねるように肩を掴んで彼女を遠ざけようとする。あれが、ミクの身体に触れた。それがたまらなく嫌で、気付かれてしまった事が恥ずかしくて罪悪感と羞恥で顔を見れない。
「調子悪いって、これのこと?」
「やっ、だめ……! さわら、ないでっ」
 手首を離したミクがパジャマの上からそこをするりと撫でて、いよいよ隠し切れなくなる。熱どころか硬さも帯び始めるそれを、その綺麗な手で触らないで欲しい。わたしの、薄汚い劣情の固まりに。
「んー」
 ミクが身体を離してくるりと踵を返す。それに少し安心して、それから怖くなった。絶対引かれた。ドン引きだ。だって普通、こんなの引くに決まってる。嫌われた、と思った。ミクにだけは隠しておきたかったのに。
「そんなウィルスもあるんだね」
 出て行くと思った細い背中は、けれどドアの前で立ち止まる。かちゃん、と鍵を閉めて振り向いた。
「ルカってば、泣きすぎ」
 くすりと苦笑を漏らしたミクが近づいて、わたしは身体を後ろに引いて離れようとする。
「逃げないの」
 また手首を掴まれる。さっきよりもずっと優しく。そのまま手を引くミクが目指しているのがベッドだと気づいて、わたしは泣き止めないまま首を振った。
「やだ、ミク、やだったら」
 行きたくなくて足に力を込めて抵抗する。まさか仲良く添い寝しましょうなんてはずないだろう。もしそうなら鍵は閉めなくたっていいんだから。
「どうして?」
 けれど掴んだ手首を少し強く引いて、ミクはそれを許してくれない。結局わたしは、逆らえずにベッドに座らされてしまう。たとえそれが小さな力でも、わたしは最後には抵抗しきれない。彼女に対してだけは。
「だって、こんなの、」
 あとは言えなかった。涙に濡れた唇は、柔らかな感触に塞がれて。
「うつらない、って言ってたもんね。ふふ、しょっぱい」
 ミクがそんな事を言って少し笑う。
「やっ……」
 顔を背けても頬を両手で挟まれて逃げられない。また柔らかな感触が降ってきて、今度は唇を割って舌が入って。
「ん……、ん、んぅっ!」
 細い肩に手をかけて押し戻そうとしても、ミクはわたしの舌を絡めとりながら腕を回して身体を密着させてくる。せめて腰だけでもくっつきたくなくて離れようとすると逆に引き寄せられた。
「やめ、やだ……ミクっ……」
 柔らかなお腹に押し付ける格好になって、それだけでどうにかなりそうなほど気持ちが良くて、同じだけ気持ちが悪かった。どんなに泣いて嫌がっても、ミクは容赦なくわたしに覆いかぶさるようにしながらベッドに上がってくる。
「こんな硬くなるんだ……」
 少し熱を孕んだ声で言われて、わたしはゆるゆると首を振って訴えた。
「もうやめて、したく、ないっ……」
「ほんとに? あたしとしたいからこうなってると思ったのに」
 わたしの言葉を意に介した風もなくミクが言って、パジャマのズボンに手をかけて下ろそうとするのが分かって恐怖した。見られてしまう、見られてしまう。必死で手を掴んで抵抗する。
「や、見ないでお願い……! やだやだ見ないで、みないでやだっ」
 でたらめに拒絶の言葉を繰り返すわたしをミクは顔を上げて一瞥して、静かに言った。
「マスターには見せたのに?」
「っ……」
 言葉に詰まったら、それは肯定と同じだった。やっぱり、とミクが呟いて、かまをかけられたのだと気づいても遅い。
「じゃあ、あたしにも見せてくれるよね」
 力を失ったわたしの指から離れた華奢な手が、下着と一緒にパジャマを脱がせてしまう。外気と、ミクの視線に晒される。見られた。見られた。最悪だ。
「ふっ、う、……ぇぐっ」
 とうとう嗚咽が漏れる。隠そうと伸ばした両腕はミクに容易く除けられてしまって、代わりに顔を覆う。
「そんなに嫌?」
 心なしか優しい声で言われて、わたしはこくりと頷く。
「きもち、わるいでしょ……?」
「全然? なんで?」
「だってこんな、知らない間にこんな風に欲情されてっ、ちょっとどきっとしただけなのにそんなになっちゃうし!」
 頭の中がぐちゃぐちゃで上手く喋れなくて、途中からは自分の不安を吐き出していた。伝った涙が耳に入って嫌な鳥肌が立つ。
「でもそれ、あたしにでしょ」
 その短い問いかけに、わたしはまたこくりと頷いた。
「っく、だか、ら嫌なのっ……そんなきたないの、も、みないでっ……」
「別に汚くないし、あたしは嬉しいけどね?」
 優しい声でミクが言って、未だに熱を失わないそこに手を這わせる。見られたくなかったのに、触られたくなかったのに、ぞくぞくと背筋が震えた。
「や、んぁっ、なん、でっ……」
 嫌だと思っても、どうしようもなく気持ちいい。勝手に上擦った声が零れる。
「好きだから」
 さらりと言って軽く握って擦る、ミクの手のひらがぬるりと滑る。あの細くて白い指が触れていると思うとまた泣けた。
「これも濡れるって言うのかな」
 ミクの笑みを含んだ声が耳をくすぐる。わたしはそれから逃げようとして首を振り、けれど痺れるような感覚からは逃げられない。
「ぁ、ぅあっ、やっ……っくん、ふぇっ」
 上擦った声と嗚咽と涙が同時に零れる。気持ち悪い。やめて欲しい。嫌なのに。気持ち、いい。なんで。なんで。
「わかんないな、どーしてそんなに嫌がるの? そりゃちょっとびっくりしたけど、あたしはルカが好きだし、それに」
 そこでミクは言葉を切って、触れていた手を離す。わたしは腕で顔を覆うのをやめて彼女を覗って、手を離した理由を知った。
「ミクっ……! まさかちょっと!」
 今まさに下着を脱ごうとしていたミクは、小さく悲鳴を上げるわたしに微笑んでみせる。それでわたしの予想通りの事をするつもりなのだと直感した。
「ちょ、まっ、やめっ、だめっ……ミク、それはだめだったら……!」
 身体ごと後ろへ逃げようとする、覆いかぶさってくる肩を押しのけようとする、それをミクは許してくれない。
「いい加減もう諦めなよ。何だかんだ結構辛いでしょ?」
 ミクはわたしが肩に置いた両手を捕まえて、指を絡めてシーツに押し付けた。もう、顔も隠せない。
「そんなことないっ……」
「ばか。何回ルカとしたと思ってるの。顔見たらわかるよ」
 顔を背けて精一杯の抵抗を試みるわたしにミクはくすりと笑って、それから頬に口付ける。
「それに、たぶん隠したまま元に戻っても気まずかったと思うな」
 少し前に切った言葉の、その続きを言いながらミクがゆっくり腰を落としてくる。太ももで挟み込まれた腰は逃げられない。手はシーツにしっかり押し付けられている。絡められた指をきつく握る事しかできない。
「いれちゃやだっ……」
 拒絶の言葉は抵抗にもならなくて、零れる涙の理由さえ分からなくなって。
「そのセリフ言うの、普通なら逆だよね」
 なのにミクはそんな軽口を叩いて微笑む。
「ひ、ぁ、やっ……!」
 触れ合わされたミクのそこは、わたしの予想に反して濡れて熱かった。そのまま擦り付けられて、くち、と音を立てながら滑る。
「んっ……」
 見上げたミクはきゅっと眉を寄せて、息を詰めていた。絡められた指が少しきつくなる。
「あっんぁ、やだっ、ぁっ、ふぁっ……!」
 少しずつ、けれど確実にそれがミクの中に沈んでいく。あんなに狭いのに。どんなに嫌がっても背筋を駆け上がるのは快感で、そんな自分がたまらなく嫌で、それでも好きだと言ってくれたのが嬉しくて、愛しくて、涙が止まらない。
「もー、そんな泣かないでよ。なんか、あたしすっごい酷い事してるみたいなんだけど」
 完全に腰を沈めたミクが、微かに興奮を滲ませた声で言う。口を開けば濡れた声が零そうで、わたしはかわりに首を振った。
「……ん、ちょ、っと、きつい、かな」
「は、ぅあっ、ぁっあ……!」
 それに少し目を細めて微笑んだミクが探るように腰を揺らして、わたしはその初めての感覚に声を上げる。何もかも全部持っていかれそうな。きちきちに締め付られるのが分かる。繋がったところからちゃぷちゃぷと粘ついた水音が響く。
「ふっ……ぁ、ん……」
 わたしの上でミクが小さく声を上げる。何度も何度も聞いた、甘い声。
「っぁ、きもち、いい、の……?」
 あんなのが入ってるのに、とたまらず訊いていた。もしかしたら指や舌よりも、と思うと怖かった。本来なら、一般的には、あたたかく濡れたミクの中に沈められるはずもの。
「だってルカ、が入ってるから……ゆびでも、なんでもっ……」
 ところどころ上擦ったその言葉に心の底から救われた思いがする。わたしはやっと微笑んだかもしれない。だとしてもミクが本格的に動き出したせいで、すぐに分からなくなった。部屋に満ちる吐息も零れる声も響く濡れた音も、甘ったるい快感に飲み込まれて溶ける。ただ締め付けるミクの中の感覚だけが鮮明で、わたしにそれの存在を忘れる事を許してくれない。
「ひぁっ、あっ、ミク、だめっ、みくっ……!」
 がくがくと腰が震えるのを自覚して、それから少し先の未来を予測して、わたしは必死で名前を呼ぶ。首を振る。泣きながら声を上げる。
「っは、ぁ、いき、そ?」
 ぎしぎしとスプリングに悲鳴を上げさせながらミクが湿度の高い声で訊いて、わたしは頷いて懇願した。
「やだっ、だめ、だめだって……!」
「今日はそればっか、だね? っ駄目、じゃないし、嫌じゃない、よ」
 上半身を伏せて囁くミクは、離れるどころか深く腰を沈めてわたしを追い立てる。その代わりにか、わたしの両手を解放して優しい声で言った。
「しがみついていーから……った。こら」
 言われる前にわたしはもう背中に腕を伸ばしていた。細い肩に噛み付いたのは声を殺したかったのと、ほんの少しの八つ当たり。
「っうぅ、んうっ……!」
 突き抜けるような快感と開放感があって、わたしはきつくその身体を抱き締めた。一瞬遅れてミクが微かに震える。
「うわ、あっつ……」
「っは……、はぁっ、あぁもう、さいあく」
 快感と開放感は一瞬で、その後には嫌悪と後悔と疲労が一緒にやってきた。ミクの背中に回していた腕が力を失ってずり落ちる。
「や、ほら……シーツとか汚れるかなって」
「ばか」
 けろりと言ってみせる彼女をちょっと睨め付けて、わたしは腕を上げてその腰を掴む。
「上げて」
「え、ルカ、ティッシュとか」
「いいから早く。明日まとめて洗うから」
 シーツの心配をするミクに言葉を重ねるとゆっくり腰を上げて、ずるりと硬さを失ったそれが抜ける。露になったその見た目と、彼女の中に入っていた事への不快感に眉を顰めた。ぱたた、と留める物のなくなったミクのそこからわたしの下腹に雫が滴って、それがどうしても許せない。腰を捕まえたまま引き寄せる。
「ちょっ、ちょっとそんなのしなくていいって……!」
 慌てた声が上がって、引き寄せようとした腰が抵抗した。わたしはわざとミクの言葉を口にする。
「どうして?」
 一瞬言葉に詰まったミクは、はあ、と諦めたように息を吐いてから、引き寄せられるまま移動する。わたしは顔の上に腰が来るまで引き寄せて、うう、と小さく呻いた彼女を覗った。
「この体勢しぬほどはずかしい……」
 頭上から降った震える声にわたしは少し微笑んで、擦れたせいか少し赤くなったそこに舌を這わせた。いつもと違う、不快な味。あれの痕跡が、例え一滴でも彼女の中に残るのが許せなかった。
「これでおあいこにしてあげるから。……それに」
「ぁ、やっ、ちょ、そこで喋んな、いでっ」
 途端に切ない声が上がって細い腰が震える。
「まだ、でしょう? 顔見たら分かるわ」
「そんっ、るか、ひぅっ……!」
 何か言おうとした、それは途中で意味を成さない喘ぎに変わった。頬の横でなめらかな肌が震える。
「すき……」
 合間に零した言葉がミクに届いたかどうかは分からない。わたしは不快な味が消えても、そこに舌を這わせ続けた。ミクが果てるまで。




 翌朝目を覚ますと、マスターが言ったとおりわたしの身体はきちんと元に戻っていた。わたしは心底ほっとして、それから胸のうちでマスターに感謝する。となりでもそもそと身じろぐミクの肩を揺すると、足の間に華奢な手が滑り込んできた。
「……ない」
 それだけ呟いてまた眠りの淵に戻ろうとする彼女に少し笑って、さっきよりも強く揺り起こす。
「ばかなこと言ってないで起きて服脱いで。下着も」
 うー、と間延びした声を漏らして、やっと空色の瞳が眩しそうにしぱしぱと瞬きをした。
「なに朝から張り切ってるの……昨夜の仕切りなおし……? あてっ」
 完全に勘違いしているミクの額を軽く弾いて、ベッドから追い出す。
「違うわよ、もう。洗濯するの。服貸してあげるからシャワー浴びてきなさい。下着は後で持ってってあげるから」
「まだねむいー」
「あのねえ、今のうちじゃないとマスターに見つかるの。シーツ抱えてる所なんか見られたらバレバレよ。分かるでしょう?」
 はぁい、と眠そうな返事を背中で聞きながらシーツを剥がす。ちょうどいいから枕カバーと毛布も洗ってしまおう。今からなら、マスターが起き出す前に乾くだろう。わたしのブラウスに着替えたミクが自分のパジャマと下着を渡してくる。そこでブラウスとか狙ってるとしか思えないけれど。
「あ、まって忘れてた」
 布の塊を抱えて部屋を出ようとするわたしを、ミクが服の裾を引いて止めた。振り返ると両手で頬に触れられて、それから唇に柔らかな感触が一瞬だけ押し当てられる。
「おはよ」
 彼女があんまり幸せそうに笑うから、わたしはおはようを返す前に自分からもう一度唇を寄せた。


***


「ん、ちゃんとウィルスごと消えてるね。ところで」
「はい?」
「あれ患部との粘膜接触で感染するらしいんだけど」
「うそっ……! そういうことはもっと早く言って下さいよ!」
「うそぴょん」
 結局その日のうちにバレた。しにたい。

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0103 REI様より頂きました!!自慢です。自慢です。
まさかネギトロ国宝級の方からお話を頂けるだなんてー!!!自慢です。えっへり!!
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